過去形を日本語の文章でどう使う?作り方や意味を例文で考察
「〜した」や「〜だった」など、過去を示す表現…いわゆる「過去形」には注意が必要です。読みづらさを生む表現の一つとされています。過去形の概要と改善策を考察しましょう。
日本語の過去形とは?使うときの注意点も紹介
日本語における過去形の概要をまず確認しましょう。
日本語の過去形とは?作り方は?
過去形とは、助動詞「た」によって過去の時制を示す表現といえます。
日本語では、用言(動詞・形容詞・形容動詞)や助動詞の末尾に、助動詞や補助動詞を補って時間や過程の違いを表現します。
過去の時制を表現する方法…つまり過去形の作り方も同様です。助動詞「た」(ガ・ナ・バ・マ行の五段活用の動詞に付くときは「だ」)を用言や助動詞に付け、現在や未来と区別できるようにします
(もしくは日本語文法の書籍では、動詞の変化形の一つ「タ形」としているものもあるようです)。
日本語の過去形を使うときの注意点
過去形を使う上では、“「書き手の過去」によって実際の状況(事実)がゆがめられていないか”に注意する必要があります。
新宿の街は再開発の真っ最中だった。
上のような文が新宿の特集記事で見られそうです。ただ冷静に考えると、「新宿が今も再開発中なのか・もう再開発が終わっているのか」がわからない表現といえます。
書き手が取材をしたときに再開発の工事現場でも目撃したのでしょう。原稿を書くときには、目撃した時点がすでに過去になっています。そのため『(私が取材した時点では)新宿は再開発の真っ最中だった』のつもりで過去形にしてしまうのです。書き手の真面目さに起因する表現といってもいいでしょう。
しかし、書き手が執筆を終えた時点でも、新宿の街では再開発が続いています(2046年頃まで再開発は続くようです)。そのため「新宿は再開発の真っ最中だ」とする方が、事実が歪まずに伝わるわけです。情報を古く感じさせてしまうリスクも避けられます。
日本語の過去形のおすすめの使い方
過去形を正確に使いながら、文章をわかりやすく・読みやすく書くためのおすすめの方法を紹介します。
過去形と現在形を混ぜる
過去形と現在形(用言の終止形)を混ぜる方法が、『日本語の作文技術』(朝日新聞出版,本多勝一)や『新しい文章力の教室』(インプレス,唐木元)でおすすめされています。
現在形とは、「非過去形」ともいわれ、過去を示す助動詞「た」が用言や助動詞についていない表現のことです。現在や未来の行動や事柄を示すときに使います。
過去形と現在形を混ぜる利点として、情報の鮮度が保てることが挙げられます。読者自身が原稿を書き進めているかのような読み応えや臨場感が演出できるのです。
過去の話であったとしても、状況が目の前で進行しているように読ませられます。過去形だけよりも語尾の選択肢が豊富で、文末の重複を避けやすい利点もあるでしょう。
わたしは地図の上でその名をさがす。ある。ほとんど全部ある。しかし、みんな歴然たるハザラジャートの地名だ。つまり、ハザーラ族の居住地だ。この人は、ハザーラとモゴールとを混同しているのだ。わたしたちはがっかりする。(中略) カンダハールを出て三日目の昼すぎ、わたしたちはカーブルに着き、江商商会のバンガローにやっかいになる。加古藤さん、内田さんという二人の社員には、徹底的にお世話になった。ここで、ペシャワール方面から越えてくるはずの、岩村、岡崎両氏の到着をまつ。
梅棹忠夫『モゴール族探検記』より(『日本語の作文技術』[朝日新聞出版,本多勝一,第14刷280P])
上は、過去形と現在形を混ぜた例として、『日本語の作文技術』で紹介されているルポルタージュです。先述した、読み応えや臨場感が感じられるのではないでしょうか。
ただ、過去形と現在形を混ぜるのは、「安易にまねると失敗することもある」(『日本語の作文技術』,第14刷P281)と本多氏が語るほど高度な技術です。唐木氏も、同様に下のような注意喚起をしています。
もちろん多用は禁物。時系列の混乱を招かないように、よく音読チェックをしながら、ほどほどのバランスを探るようにしてください。
『新しい文章力の教室』(インプレス,唐木元,第1版7刷P65)
補助動詞「きた」「いく」「いる」を足す
補助動詞「きた」を使うと、過去形による誤読を回避しやすくなります。
ライターの仕事は近年一気に多様化した。
上の例文は下のような二つの解釈ができます。
(α)「過去に多様化が始まり、現在も同じ状態が続いている」
(β)「過去にライターの仕事が多様化したものの、今は多様化の流れがない」
おそらく大半の人がαの意味で読んだのではないでしょうか。しかし過去形にしたばかりに、βの意味で誤読される恐れが出てしまうと考えられています。
αの意味で正確に伝えたい場合の改善策が、「きた」を補うことです。「多様化してきた」とすれば、時間の流れや経過が強調できて過去と地続きのイメージが伝わりやすくできるでしょう。
αの意味を明確にするならば、過去形ではなくなるものの、「いる」を使って「多様化している」と進行形にするのがベストかもしれません。
ライターの仕事は近年一気に多様化している。
あとは、「近年」のような時間を表す言葉の調整が必要ですが、下のように「いく」を使ってもいいでしょう。
ライターの仕事は一気に多様化していく。
日本語における時間の考え方や表現方法を確認
「過去形」に限らず、時間に関する情報もチェックしておきましょう。
時間にまつわる言葉は、点と線を意識する
時間にまつわる表現は、下記の二つに分けられます。
「点」の表現:瞬間や時点を示す
「線」の表現:流れや幅を持つ
上の二つが一つの文中に混在すると、わかりにくさを生みます。どちらかに統一しましょう。
(Ⅰ)この作品は2030年から発売される。
「から」は、継続的な状態や行動の始まりを示すための助詞で、“〇〇からしばらく”のようなニュアンスを持ちます。そのため「から」は「線」の表現といえます。
「発売」は、“何かが売り出される「瞬間」”を示すニュアンスを持つ言葉です。よって「点」の表現といえます。
Ⅰは、点と線の表現が混在している文です。どちらかの表現に揃えてみましょう。
(Ⅱ)この作品は2030年から販売される。
Ⅰにある「から」に合わせるならば、Ⅱのように、商品がしばらく売られている状態を示す「販売」を使うのがいいでしょう。
(Ⅲ)この作品は2030年に発売される。
「発売」に合わせるならば、「点」を示す助詞「に」に変える方法が考えられます。
テンスとアスペクトを理解する
時間に関する文法事項として、「テンス」と「アスペクト」もチェックしておきましょう。
■テンス(時制)
ある時点を基準にしたときに、時間的な前後関係(過去・現在・未来のどこで起きたのか)を示すシステム。
■アスペクト(完成度・相)
動作動詞が意味する動作の過程(完了/未完了・進行中か否か・結果が出た/出ていない)を示すシステム。
用言や助動詞の末尾に、助動詞や補助動詞を補って時間や過程の違いを日本語では表現すると上で紹介しました。この「時間」を軸に考えるのが「テンス」、「過程」の場合が「アスペクト」と解釈するとわかりやすいかもしれません。
次に会社で話したときに、決めましょう。
上のように、未来の時点を示すときにも、いわゆる過去形は使えます。もちろん、過去の意味ではありません。つまりテンスではなく、アスペクトで考える必要があるのです。「話す」という動作が“完了した”時点という意味の表現と解釈できます。
もちろん、下の文のように過去の意味で解釈されないように、「た」を避けるのもいいでしょう。間違いではないものの、わかりやすさを踏まえて表現は選んでいきたいものです。
次に会社で話すときに、決めましょう。
助動詞「た」をつければすべてが過去の意味になるわけではない
過去形の作り方として、用言や助動詞に助動詞「た」を付ける点を紹介しました。たしかに「た」を付ければ過去の意味を示す文が作れます。
ただ、テンスとアスペクトによる意味の違いを示したとおり、助動詞「た」には過去以外の意味もあり、いわゆる過去形の書き方でもほかの意味で解釈できる場合があるのです。例として下のようなものが挙げられます。
(1)田中さんならあそこにいたよ。[過去]
(2)「昨日田中さん来た?」「いや、来なかった。」[過去]
(3)「田中さん(もう)来た?」「いや、まだ来ていない。」[実現済み(完了)]
(4)ピッチャーふりかぶって、第一球、投げました。[実現]
(5)あ、(見たら)あった。[発見]
(6)なんだ、(本当は)ここにいたのか。[認識修正]
(7)そういえば明日は休みでしたね。[思い出し]※「想起」とも言う
(8)昨日手紙を出せば明日届いたのに。[反事実]
(9)こんなことなら明日来るんだった。[後悔]
(10)ちょっと待った![命令]
(11)昨日彼からもらった本をなくしてしまった。[発話時以前]
(12)明日勝ったチームが来年の世界大会に出場できる。[主節時以前]
(13)まっすぐ伸びた道(=まっすぐ伸びている道)。[状態]
(14)今 100万円あったとします。[仮定]
『日本語文法事典』(日本語文法学会編,大修館書店)より(柴田耕太郎主宰「英文教室」オフィシャルブログ)
過去形は誤読や文章の鮮度を意識しながら使おう
過去形には、誤解を招き、文章の鮮度まで落ちるリスクがあると今回紹介しました。わかりやすさ・読みやすさを向上させるために、現在形と混ぜたり、補助動詞を足したり、意味に合わせて思い切って過去形を止めたりと方法も上で紹介しています。さまざまなアレンジができるように、考えながら書いていきましょう。
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