助詞の使い方 係助詞「は」

助詞の使い方 係助詞「は」

日本語の助詞は、文章を構成する上で重要な役割を果たす。中でも、わかりやすい文章を書くためにネイビープロジェクトで参考文献にしている『日本語の作文技術』(本多勝一,朝日新聞出版)で、数ページを使い細かく解説してあるのが係助詞「は」だ。扱いを正しくできれば、あなたも原稿をわかりやすく書けるようになるだろう。本記事で、係助詞「は」の役割や使い方を一緒に学んでいこう。

係助詞「は」の代表的な二つ役割、題目と対照

係助詞「は」

係助詞「は」の用法としてさまざまな役割が語られる中で、『日本語の作文技術』で詳しく紹介されているのは二つ。文の「題目(主題)」と「対照(限定)」を示す役割だ。あるものを「取り出す」というニュアンスは共通しているが、例文およびその役割を示しながら、それぞれの違いをチェックしてみよう。

インコは喋る。

題目:“インコという鳥は喋る鳥だ”

題目とは、文を構成する中から特定の単語をピックアップし、“この一文ではこの単語をメインテーマとして説明する”というニュアンスを加える役割だ。上の例文では「インコ」をメインテーマとして際立たせる効果が生まれている。元々は、例文から題目を示す係助詞「は」を無くした「インコが喋る」が変形前の文だったと考えられる(本記事の内容的には、題目がない「無題」かつ対照の機能が働いていない「無対照」の文といえる)。そこから「インコ」を題目として際立たせるために係助詞「は」が効いているとイメージできるだろうか。上にも示したとおり、くどく解釈するとすれば「“インコ”という鳥は喋る鳥だ」のニュアンスを際立たせるために「は」は効いているといえる。

対照:“インコは喋るが、ほかの鳥はしゃべらない”

対照とは、ある文を提示することで、その文から連想できる潜在的な他のニュアンス(意味合い)を想起させる役割だ。たとえば上の例文では、孤立した文としては不自然な解釈ではあるものの、「ほかの鳥とは対照的にインコは喋る」というニュアンスを想起させている。ほかの鳥とは違う特異な存在だと、「は」を使ってインコを限定しているのだ。『考えすぎでは?』と思う人もいるだろう(編集者はまさにその一人だ)。しかし文の構造上、この潜在的なニュアンスを係助詞「は」が生んでしまう。そのため正しい語順を意識して使い分ける必要性が生まれてくるのだ。

題目(主題)の係助詞「は」

係助詞「は」

係助詞「は」が持つ役割の一つ、題目(主題)の提示についてさらに詳しく勉強していこう。

係助詞「は」は格助詞「が・の・に・を」を兼務する

題目の係助詞「は」は、格助詞「が・の・に・を」の役割を兼務できる。以下の例文で詳しくみていこう(格助詞の役割を【】で囲って文の後ろに記載したので併せてチェックしてほしい)。

山野が・・・酒をやめた。【主格】
キリンの・・・・首が長い。【連体格】
東京に・・・人が多すぎる。【位置格】
あなたに・・・・差し上げたい。【方向格】
彼女が成功談を・・・・語った。【対格】

上の文は、題目が無い(無題に近い)形である。なぜなら、係助詞「は」によって題目が示されていないからだ。先の例文「インコは喋らない」も題目の係助詞を無くせば、「インコが喋らない」と主格の格助詞を使う形で書き換えができる。それでは、四つの例文に格助詞「は」を補って題目を明確にしてみよう。

山野は酒をやめた。
キリンは首が長い。
東京(に)は人が多すぎる。
あなたには差し上げたい。
彼女が成功談は語った。

格助詞「が・の・に・を」を題目の係助詞「は」で書き換えてみた。いずれも意味を成す文になってはいるだろう(前後の文がないと不自然なものもあるが)。格助詞の役割を兼務するとは、たとえば「東京に人が多すぎる」を「東京(に)は人が多すぎる」としたことで、「東京は」と題目を提示する役割と、「東京に」の「に」が本来持っていた位置格としての役割を係助詞「は」が同時に果している文になったといえる(上のように位置格の場合は「に」を省略できるが、方向格の場合はできないのに注意)。ほかの格助詞も同様に、係助詞「は」の題目を示す役割と本来の役割を兼務できているだろう。

【補足1】無題化は「こと」を補い名詞句にする

題目の係助詞「は」がない文を、“無題”と言い切らず、“無題に近い”と上では表現した。本多氏も著作で文を引用している『象は鼻が長い』(くろしお出版)の中で、“文の形でもいいのだが、文のままでは完全なる無題にしきれない場合がある”と著者・三上章氏が説明しているからだ。

私は担任です。 → 私が担任です。

たとえば上のように、係助詞「は」がある文は格助詞「が」を使って書き換えができる。文法的には、“無題”の状態になった。しかし意味的には、「は」でも「が」でも差がなく完全に無題化できるわけではないと三上氏は指摘する。文、つまり主部(英語的な説明でいえば「主語」[日本語には主語や主格がないとする学説もあるが、ここでの説明は割愛])と述部が呼応する関係性が成り立っている場合は、完璧な無題化は不可能・不十分だと。そこで、文ではない形として「こと」を補った名詞句の利用が勧められている。係助詞「は」がない状態の文を無題として本記事内では扱っているが、下記のような名詞句からの派生を本来はしていると捉えてもらえるとよいだろう。

私が担任であること ※「です」は「ある」を還元してから「こと」を付けて無題化する

私が担任です。

私は担任です。

題目の係助詞「は」〜実践〜

係助詞「は」は、同じ主部二つを一つにまとめて読みやすくしたい場合にも利用できる。係助詞「は」をうまく使えていない例文を修正し、わかりやすい文にしてみよう。

彼らは、ずっと出待ちしていたファンに気付いてたいへん驚いた。

「彼らは」が主部であり、「驚いた」が主節の述部となって文が構成されている。「彼らは」の「は」は題目の係助詞であり、「彼ら」を文の題目として際立たせつつ、(無題の場合に)本来あるべき主格の格助詞「が」の役割を兼務しているといえる。

また「気付いて」という述部があるのに気付けるだろうか(「出待ちしていた」はファンにかかる修飾語で、英語でいう分詞構文のようなもの)。冒頭の「彼らは」が「気付いて」の主部も務めて従属節(副詞節)を構成している。わかりやすいように「気付いて」の主部を補ってみよう。

彼らは、ずっと出待ちしていたファンに彼らが気付いてたいへん驚いた。

上のように「彼らが」を「気付いて」の前に補っても文は成立する。意味も通じそうだ。だが「彼らは」と「彼らが」との同じような語句が書かれているのは少々くどい。一文に同じ単語が何度も出てくるのは冗長さにつながるため、避けるのが基本だ。そのため「気付いて」の主部が省略されていたと考えられる。

係助詞「は」

例文の構造を理解しやすいように図解してみた。主節の述部である「驚いた」に、「彼らは」・「ずっと出待ちしていたファンに(彼らが)気付いて」・「たいへん」がかかっている。「ずっと出待ちしていたファンに(彼らが)気付いて」の「が」と、「彼らは驚いた」の「は」で代用されている「が」は主格の格助詞であり、(とくに「彼らは驚いた」の方は)係助詞「は」が持つ題目の役割も与えられているのは説明したとおり。

では題目を設定しない無題の文に戻すとしたら、どのような文になるだろうか。

ずっと出待ちしていたファンに彼らが・・・気付いて彼らが・・・驚いた。

おそらく上のような文になるだろう(本多氏が推奨する修飾語の原則「長い修飾語は先に、短い修飾語は後に」に従い、「彼らは」を後ろに移動させて読みやすくした)。さて、問題提起をして改善できていなかった「彼ら」が二回書かれていてくどくなっている問題をようやく解消できそうだ。題目の係助詞「は」を使って、「彼ら」を一つにしてみよう。

(a) ずっと出待ちしていたファンに彼らは・・・気付いてたいへん驚いた。
(b) ずっと出待ちしていたファンに気付いて彼らは・・・たいへん驚いた。

おそらく上の2パターンが考えられるだろう。どちらでも意味は取れそうだが、(b)の方の記述をオススメしたい。理由は、題目である「彼らは」が主節の述部「驚いた」により近い位置でかかっているからだ。

【補足2】「は」の本務(題述関係)と兼務

係助詞の「は」には、題目を示し、文末(主節)の述部と呼応して一文を完成させる役割があるのは説明してきたとおりだ。上の例文にある「彼らは」と「驚いた」の関係がまさにこれに該当する。この題目を示して述部と呼応して文を作る役割こそ、「は」の本務であり、「題述関係」と呼ばれるものだ。

主部と述部を近くして文を読みやすくする単純な「主述関係」と、題述関係は次元が違う話だと本多氏は著書で記している。簡単にいえば、題目と主節の述部が近づくのは、単なる主部と述部が近づくことよりも、さらに文を読みやすくする効果があるのだ。ぜひ覚えておきたい。

なお「は」によって題目を示すとき、題目の箇所をより具体的に訳してみると“提示した題目について”とできる。訳から、中身を予告する役割を「は」が担っているのをイメージできるだろうか。その「中身を予告する役割」が、「は」の兼務といわれている点も併せて押させておきたい。

【補足3】題述関係を踏まえて、題目を強調したい場合

書き方の幅を広げるために、先の例文で題目とした「彼らは」を強調したい場合のリライトもしておこう。

(c)彼らは、ずっと出待ちしていたファンに気付いてたいへん驚いた。

「彼らは、」の「、」は、別記事で紹介した読点の二大原則の一つ「語順が逆の場合はテンをうつ」である。もちろん読みやすさを重視すると(b)が適当だが、あえて強調するために「彼らは」を文頭に移動したため、読点を打って読みやすくしたのだ。

(b)でもわかるように、「気付いて」の主部である「彼らが」も「彼らは」が兼務している。つまり題目の係助詞「は」は、「は」の後にある格だけでなく、「は」の前にある格も兼務できるのだ。よって係助詞「は」は、同じ主部二つを一つにまとめて長い文をわかりやすくするために使えるといえる。

対照(限定)の係助詞「は」の二つの役割

係助詞「は」

係助詞「は」の代表的な役割のもう一つ、「対照(限定)」の説明を続いて進めていこう。対照の係助詞「は」の役割は以下の二つ。「(1)論理を明快にする」と「(2)否定の対象を強調・明確化する」だ(題目の役割が共存する場合も珍しくはないが)。項目ごとに例文を使って見ていこう。

(1)論理関係を明快にする

下の例文にある係助詞「は」の役割を考えてみよう。

(a)山田の話には説得力がない。

「山田の話には」の「は」の役割を対照と考えてみよう。対照によって示唆される潜在的なニュアンスを下に書き出してみた。

山田の話には説得力がないが、木村の話にはある。

「山田の話には」の「は」によって、「山田の話」と対照になる“誰か(ここでは木村)の話”と比較するニュアンスが潜在的に生まれている。対照の係助詞「は」を使うと、孤立した文としては不自然な解釈ではあるものの、比較対象の存在を潜在的に想起させる点はすでに説明した。この比較対象の存在を潜在的に想起させる役割を正しく活用できれば、論理関係をより明確にでき誤解のない文が書ける。

(2)否定の対象を強調・明確化する

対照の「は」が持つ代表的な役割の二つ目は、否定の対象を強調・明確化することである。例文で使い方をみていこう。なお[]の中には、対照の役割によって生み出される潜在的なニュアンスを書いてみた(孤立した文なので不自然さが拭えないのはここでも了承いただきたい)。

(Ⅰ)山田は大事なことをいつも速く話さない。
[山田は大事なことをいつも速く話さないが、木村は話す]

(Ⅰ)では、対照の係助詞「は」によって「山田」が否定される構造になっている。よって、山田ではない誰か(ここでも木村)を示唆するニュアンスが生まれている。また「は」は題目を示す係助詞であるのも説明したとおり。よって冒頭の「対照」の説明で書いたような解釈が、ここでも可能になったわけだ。

以下では、「山田は」の「は」を題目の係助詞としてだけ捉え(対照としての役割は無視し)、ほかの箇所に対照の「は」を補ったときの解釈をいくつか見ていきたい。

(Ⅱ)山田は大事なことをいつも速く話さない。
[山田は大事なことをいつも速く話さないが、今は速く話している]

「話さない」が否定するのは、「は」がついている「いつも」だけに限定されている。「いつも」を否定して、ここでは「今は」としてみた。よって(Ⅱ)の意味は、「大事なことをいつもはゆっくりと山田は話すが、今は速く話している」と例外(=たまには速く話す)を示唆する文になっている。

※「速い」を否定した場合、「速くない」が正しい形になる。この「速くない」は、「とても遅い」「遅い」「速くはない」「普通」など、“普通以下の「遅い」”を広く表す言葉だ。細かく使い分けた方が正確ではあるものの、今回は「ゆっくり」で統一するのを了承いただきたい。

(Ⅲ)山田は大事なことを“いつも速く”話さない。
[山田は大事なことをいつも速く話すが、今はゆっくり話している]

(Ⅲ)で否定しているのは「いつも速く」である。「いつも速く」を否定して「今はゆっくり」としてみよう。よって(Ⅲ)から、「大事なことを普段は速く山田は話すが、今はゆっくり話している」というニュアンスが解釈できた。(Ⅱ)と同じく例外(=たまにはゆっくり話す)を示唆する文になっている。また「いつも」など“すべて(all)”のニュアンスを持つ言葉を否定する場合、部分否定のニュアンスを生む点にも注目したい。つまりこの(Ⅲ)は、「ふつうは速いが、毎回ではない」=「毎回例外なく速く話すわけではない」という部分否定のニュアンスを生んでいるのだ。

(Ⅳ)山田は大事なことをいつも“速く”話さない。
[山田は大事なことをいつも速くは話さず、ゆっくり話す]

(Ⅳ)で否定しているのは「速く」だ。「速く」の否定は「ゆっくり」で解釈していこう。(Ⅳ)の意味は、「山田が話すときは毎回ゆっくり」と解釈できる。なお(Ⅲ)と(Ⅳ)を会話(音声)で発する場合は、発声の仕方で強調したいポイントに強弱をつけられる。しかし文字の場合、“”などがなければ(Ⅲ)と(Ⅳ)はまったく同じ文だ。そのため「(Ⅳ)山田は大事なことをいつも“速く”話さない」の意味合いのまま書きたい場合は、「いつも速く」を否定する(Ⅲ)の意味合いで解釈されないように書き換える必要がある。下の(Ⅳ’)がその一例だ。

(Ⅳ’)山田はいつも大事なことを速くは話さない。
[山田はいつも大事なことを速くは話さず、ゆっくり話す]

「いつも」を前に移動して、「速く」と切り離した。よって「速く」だけを限定して否定する役割が明確になっただろう。否定の対象をはっきりさせる限定の係助詞「は」は、使う場所を誤ると文の意味が変わってしまう点に注意していこう。

係助詞「は」の使い方

係助詞「は」

役割がわかったところで、実際の執筆時に係助詞「は」をどのように使えばいいのかを確認していこう。

係助詞「は」が二つある場合は「題目を先・対照を後」

係助詞の「は」はさまざまな箇所に比較的書きやすい助詞といわれる。一文に何度か登場する場面も珍しくない。逆をいえば書きやすいが故に、無駄に書き過ぎてしまうのに注意が必要なのだ。正しい使い方として『日本語の作文技術』では、係助詞「は」が二つある場合は、先にある方が題目、後にある方が対照の役割を果たすと考えるのがよいとしている。例文で確認していこう。

(ア)今日は山田はいない。

紹介した考え方に沿うと、最初の「は」で「今日」を題目としてピックアップし、後の「は」によって「山田」を対照の対象としている。対照による潜在的なニュアンスとして、「山田以外はいる」ことを示唆している点もチェックしておこう。

(イ)山田は今日はいない。

語順を変えてみた。最初の「は」で「山田」をピックアップし、後の「は」で「今日」を対照の対象としている。「山田は今日はいないが、明日はいる」という潜在的なニュアンスを含む文になった。

以上から、係助詞の「は」を一文に二つ書く場合、“題目を先・対照を後”に書くのが望ましい理由がイメージできただろうか。また細かくいうと、“題目を先・対照を後”は、あくまで傾向であって絶対的な原則ではない。たとえば(ア)には、「今日に限っては山田はいないが、明日はいる」と解釈できる余地が十分にあるからである。“題目を先・対照を後”を基本として意識しながらも、前後の文脈で自然な使い分けを心がけたい。

係助詞「は」は一文で三つ以上使用しない

一文で二つ使うときの役割と併せて、係助詞「は」は一文で三つ以上使わないようにするのを大事にしたい。例文をいくつか見てきたとおり、「は」が二つだけでも題目や対照の役割を紐解くのに労力を要した。仮に「は」を三つ使ったらどのようになるか、悪文でわかりにくさを確認しよう。

僕は平日にはお酒は飲みません。

三つの係助詞「は」のうち、最初にある「僕は」を題目とすると、「平日には」と「お酒は」が対照の対象になっている。読みにくさを感じた人もいるだろう。理由は単純で、対照について2回も解釈を検討する必要があるからだ。「平日には」からは「土日には」、「お酒は」からは「お酒以外の飲み物は」というニュアンスが潜在的に生まれている。

スムーズに読んでもらうためには、主格・連体格・位置格・方向格・対角の格助詞に書き換えて対照の「は」を減らすのが得策だ。下の二つのように書くのが良いだろう。

僕は平日にはお酒を飲みません。
[僕は平日にはお酒は飲まないが、土日には飲む]

 僕は平日にお酒は飲みません。
[僕は平日にお酒は飲まないが、お酒以外の飲み物は飲む]

対照の対象が一つだけになるので、先の例文より読みやすいはずだ。また、もしも一文で「平日」と「お酒」の双方を否定したいなら、どのように書けばよいだろうか。たとえば下のように、「平日にはお酒は」を「平日の飲酒は」と書き換えて、「は」で否定の対象として強調・明確化する部分を一つに絞るのがいいかもしれない。

僕は平日の飲酒はしません。

【補足4】対照の係助詞「は」でカバーできる他の役割

係助詞「は」は、題目と対照のほかにも役割が細分化されている。たとえば以下の役割だ。

■動作・作用の行われる事態の提示
 万が一そうなって大変

■否定の意味の語を伴っての否定的主張
 決して失敗でない。

■譲歩
 わかりやすい文章であるが、しかし…

■接続の強調
 AないしB

上の棲み分けは、『日本語の作文技術』に『現代語の助詞・助動詞』(永野賢, 国立国語研究所)から引用されているものだ。上の棲み分けを紹介しながらも、“広い意味ではすべて対照の役割に含まれ、わかりやすい文章の作文技術としては特にとりあげるべき問題ではない”とも本多氏は語っている。本多氏のメソッドを参考にしているネイビープロジェクトとしても、係助詞「は」の使い分けは「題目(主題)」と「対照(限定)」の二つだけに留めてもいいのではないかと考えている。

係助詞「は」を正しく使い分けていこう

係助詞「は」

今回は係助詞「は」について勉強した。題目の「は」は、文のテーマを提示しながら、複数の格助詞を一つにまとめて冗長的な文をコンパクトにするのに役立つ。対照の「は」には、潜在的なニュアンスを示唆し、また否定の対象を強調・明確化する役割があった。いずれも論理を明快し、わかりやすい文章を書くために大切なスキルである。繰り返し使いながら、正しく使い分けられるようにしていきたい。

執筆:山野隼
編集:田中利知