漢字とカナの使い方

文章を書く上で漢字やカナ(特にひらがな)をどのように使い分けているだろうか。書き手の主観によって、同じ文章でも漢字を使うときもあれば、ひらがなを使う場合もあるだろう。今回は、「読みやすい文章」を書くための漢字とカナの使い方を学んでいこう。
漢字とカナの役割
カナをうまく組み合わせれば、文章を視覚的に読みやすくできる。逆に組み合わせがよくないと文章はたちまち読みづらくなる。
大体読者無視の漢字多用が、視覚的に読解困難な文章に繫がるのだ。
たとえば上の例文のように、あえて漢字を使って書こうと思えば、大半の文章は漢字まみれに書ける。もしかしたら無意識のうちに、パソコンやスマホの自動変換を鵜呑みにして、上に近い文章を書いている人もいるかもしれない。
では反対に、すべてカナにしてみるとどう見えるだろうか。
だいたいどくしゃむしのかんじたようが、しかくてきにどっかいこんなんなぶんしょうにつながるのだ。
漢字が多い例文よりも、ひらがなだけの文の方が読みにくく感じたかもしれない。読みにくさの原因として以下の2つを考えてみた。
■同じような形の文字が並んでいるから
漢字は角があってカクカクしているのに対して、ひらがなは曲線が中心で丸みのある形だ。カクカクした漢字と丸みがあるひらがなが混在している方が、メリハリがついてそれぞれが認識しやすい。漢字だけ・ひらがなだけの場合も、似た形の文字が並んで読みにくくなっているわけだ。いずれの場合も、メリハリがないからだ。時間をかけて考えれば間違えはしなくとも、パッと見ただけではどこで区切れるかがわかりにくい。「体読」や「者無」などは典型で、本来の熟語と違う組み合わせの可能性に一瞬惑わされてしまう(誤認してしまう)のだ。
■表音文字と表意文字の違い
ひらがなは表音文字である。表音文字は、読み方だけを表して意味を単体では示さない。そのため頭の中で文字同士を結びつけて「“だいたい”は…おそらく“大体”だろう」のように翻訳作業(脳内変換)をしなければならないため、読みにくいというか、理解するのに時間がかかってストップしてしまうと考えられる。
以上から、漢字とカナを適度に織り交ぜれば、文字の形が均一になることで生まれるリスクをケアしながら、視覚的に読みやすい文章が書けるといえる。実際に、バランスよく漢字とカナを使ってさきほどの例文を書き換えてみよう。
大体の場合は、読者を無視した漢字の使いすぎが、視覚的に読みにくい文章につながるのだ。
意味が変わらない程度に語順を並べ替え、単語自体も変更した。もちろんまだ改良の余地はある。たとえば「つながる」は漢字のままの方が読みやすいと感じる人もいるだろう。今回は『記者ハンドブック』(共同通信社)に従ってカナ表記にしたが、もちろん絶対的な正解ではない。このような作業を繰り返して、漢字をカナに単純に開くだけでなく、語順や言葉の言い換えも検討していこう。
漢字とカナの使い分け
“漢字3割・カナ7割”を推す説もあるようだが、漢字とカナをうまく使い分けるためのポイントをいくつか押さえていきたい。詳しくみていこう。
心理的な問題
漢字とカナを使い分ける要といってもいいのが「読み手の心理的な印象」である。たとえば「今」と「いま」の比較をしてみよう。
(a)
今回転音が鳴った。
いま回転音が鳴った。
(b)
たった今おなかが鳴った。
たったいまおなかが鳴った。
(a)は「いま」の方が読みやすく、(b)は「今」の方がよい。(a)は、直後に「回転音」と漢字が続くため、上で紹介した「大体読者無視」のように、「今」だと「回」とペアで熟語を成しているように読めるからだ(“今回”のように、熟語として使ったわけではないのに、熟語を成して使われる機会が多い文字が並んでしまう場合はカナに開くのが有効だ)。
(b)の方は「いま」にしてしまうと、さきほどの例のように、ひらがなばかりの文になってしまう。頭の中での翻訳作業(脳内変換)が必要になるからだ。書き手である自分の意識をクリアにし、読み手としての心理的な印象を優先して考慮するのが望ましい。
[補足]常用漢字
漢字とカナの心理的な問題に関わるのが「常用漢字」である。常用漢字とは、法令・公用文書・新聞などの文書を書くときに使われる漢字の目安だ。義務教育過程の国語で習う漢字は常用漢字のみとしている。しかし常用漢字は、あくまでも漢字を使う上での目安に過ぎず、決して絶対的な制限ではない。極論、常用漢字であるか・ないかは無視して、漢字とカナのバランスに意識を向けて読みやすくなっているかを検討してもいいぐらいだ。
たとえば「藺草(いぐさ)」の「藺」は常用漢字ではない。そのため教科書では「い草」と書かれている。しかし以下のような文章の場合は、「い草」でいいだろうか。
成長が早いい草は、値段が高い。
一見、「い」を誤って二つ記載したのかと思う人もいるだろう。常用漢字に従うと上のような読みにくい文章を書かざるをえない。「藺草」の場合は、漢字を使って「藺草(いぐさ)」とするか、漢字にルビを振ってもいいだろう。また、「イグサ」とカナで書く方法もある。
送りがなの使い方
漢字とカナを使い分ける上で「送りがな」にもぜひ着目してもらいたい。ネイビープロジェクトで参考としているテキスト『日本語の作文技術』(本多勝一,朝日新聞出版)では、たとえば送りがなの書き方を注意したい言葉として下記のものが紹介されている。
少い・少ない
始る・始まる
住い・住まい
書き手の表現として、常用漢字で勧められている送りがなとは違ったものが使われているケースは少なくない。むしろ送りがなの読み方が複数ある言葉は、文部科学省が何度も規定を変更してきたといわれている。結局、趣味の領域に近いあいまいな問題なのだ。
『日本語の作文技術』の著者である本多氏は、なるべく送りがなを書くよう推奨している。上の三つの場合は「少ない・始まる・住まい」を採用すべきだと。理由はシンプルで、送りがなをしっかり付けた方がわかりやすいからだ。逆に送りがなを省略した表現は、頭の中での翻訳作業(脳内変換)を読者に強いる可能性がある。具体的な説明のために、下に二つの例を用意した。いずれもどのように読むだろうか。
終る
少くない
「終る」は「おわる」とも「おえる」とも読める。したがって読者は、前後の文脈で二択問題を強いられるのだ。読みやすくするために、「おわる」と表現したければ「終わる」、「おえる」ならば「終える」とするのが望ましいのではないだろうか。
「少くない」は、「すくない」とも「すくなくない」とも読めそうで、判断に迷う。「すくない」の語幹は「すくな」までなので、「少くない」は「すくなくない」と読むことになる。しかし「少くない」は、一目で「すくない」なのか、そうではないのか判断しにくい。従って「すくなくない」と読ませたい場合は、「少なくない」とするのがわかりやすいだろう。主観(センス)に依存する部分が大きいが、読みやすいかどうかを軸に、送りがなの表記を常に考えられる(決まり切った形で満足しない)ようにしていきたい。
外国語をカナ表記にする3ポイント
文章を書いているとカタカナを書く場合もある。特に外国語をカナ表記にするときには、頭を抱える人が多いのではないだろうか。たとえば腕時計のイギリス英語のwatchは、[wˈɔtʃ]と発音する。[wˈɔtʃ]の音をカナで表すとき、あなたは「ウオッチ」と書くかもしれない。もっとネイティブの発音に近い「ワッチ」と書く選択肢もあるが、ワッチ=watch=腕時計と解釈できる日本人は多いだろうか。それならば”watch”のように外来語として広く知られている外国語の場合、実際の発音を無視して、よく用いられる表記を探しマネして書いた方が日本人には通じやすいだろう(watchの場合は「ウォッチ」だろうか)。一般的な表記に合わせるのも、読者に読めるようにするには重要なポイントだ。
では日本になじみのない外国語をカナにする場合はどのようにすればいいだろうか。このケースでは、正確なカナ表記の正解は存在しないと考えてよい。正解がないのを前提として外国語のカナ表記を考えるならば、本多氏が提唱している以下の判断基準三つを使うのがいいだろう。
1.どんなに努力しても実際と一致することは不可能である。
2.実際にそのカナを発音してみて、どれが「原語」により近いかを考える。
3.どうせ不可能なら、むしろ日本人にとって発音しやすい(視覚的にもわかりやすい)方を取る。
[補足]思い切って英語のまま書くのがよい場合もある
たとえばスペルや読みが似ている外国語(stationery[文房具]とstationary[動かない]など)は、大半は文脈で判断できるだろうが、無理にカタカナにするよりも外国語の表記を書いてルビを振る方が誤読も少ない。
また編集者の昔話になるが、某企業の国際部が制作する採用記事で現場社員のインタビューをした。世界中を飛び回る社員は、日本語で話す中でも単語に英語が混じる。それを英語のまま書いた方が、“国際部っぽさ”が演出できそうだなと編集者は当時感じた。読者=採用希望者は、会社や部署の雰囲気を知りたがっている。現場社員の言葉をよりリアルに表現することが、会社や部署の理解につながると感じたのを思いだした。
漢字とカナは読みやすさで使い分ける
今回紹介したルールを活用しつつも、記事を書く者として、媒体の編集者や制作の依頼主と表記を相談することを大事にしていきたい。いくらメソッドを使っても、書き手の主観で表記はブレて読みにくさを生みかねないからだ。
本記事の筆者と編集者は、すでに紹介した『記者ハンドブック』(共同通信社)を校正に使用している。原稿制作の現場では、記者ハンドブックを表記の確認用に採用している媒体や企業が多いためだ。まるで“ライターの辞書”のような書籍である。絶対的なルールではないが、外国語のカナ表記以外も網羅している便利な書籍なので一冊持っておくといいだろう。
今回何度も書いてきたとおり、漢字とカナをうまく使えば、文章を視覚的に読みやすくできる。一文ずつで文字の並びが変わるため、書くときは常に漢字かカナかの選択に迫られる事情も伝わっただろう。今回紹介したような基本を押さえつつ、読みやすさを常に意識しながら漢字とカナは選んでいきたい。
執筆:山野隼
編集:田中利知
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